超小型マイクロ波アイソレータを可能にする新原理の実証に世界で初めて成功
―大規模量子コンピュータや多素子電波カメラへの応用に期待―
概要
国立天文台の増井翔特任研究員らの研究チームは、将来の量子コンピュータに必須となるマイクロ波アイソレータの超小型化を可能にする基礎原理を世界で初めて実証しました。これは、電波望遠鏡の受信機にも使われる周波数ミキサを2個組み合わせたものであり、大規模な多素子電波カメラ開発の道を切り開く技術でもあります。今回の成果は、国立天文台先端技術センター内に設置された「社会実装プログラム」によるものであり、天文学のために研究開発された技術を天文学以外の分野へ実装することを今後も目指していきます。
クレジット:国立天文台
身のまわりのさまざまな機械の中にある電子回路では、信号が正しい方向に伝わらなければ正常に機能しません。信号の向きを制御する部品のひとつが「アイソレータ」です。アイソレータは、天文学の分野でも使われています。例えば国立天文台で開発している電波観測装置では、極低温部に設置されて電波をとらえる超伝導センサと、センサからの信号を読み出す増幅器の間にアイソレータを入れることで、センサへ信号が逆流することを防いでいます。また、昨今盛んに開発が進んでいる超伝導量子コンピュータでも、極低温部に設置された量子ビットと、その状態を読み出す増幅器の間にアイソレータを挿入し、信号の逆流によって量子ビットの量子状態が壊れるのを防いでいます。
アイソレータはさまざまな装置で使われていますが、現在広く使われている磁性体を利用したアイソレータは、原理的にその大きさをセンチメートルサイズ(典型的には3cm x 3cm x 1cmくらい)より小さくすることが困難です。この問題は、100万量子ビットを擁する本格的な量子コンピュータの実現のための大きな課題となっています。現在実現している量子コンピュータの量子ビット数はおよそ100に過ぎず、これを1万倍にするためにはアイソレータを含む様々な部品も多数必要となるため、部品の超小型化を行わなければならないのです。電波を受信する超伝導センサを多数並べた多素子カメラの開発にも、同じ課題があります。
今回研究チームは、2つの周波数ミキサと2つの位相制御回路を使った極めて単純な回路構成でアイソレータが実現できることを発案し、その原理を理論的・実験的の双方で実証することに成功しました。このアイソレータは、従来の磁性体を用いたアイソレータとは原理的にまったく異なるものです。また、今回実証したアイソレータは基板上の平面回路内ですべて構成できることから、集積回路によってミリメートルサイズまで超小型化できる可能性があります。これは、従来の仕組みのアイソレータに比べて体積比で3桁以上小型化できるということになります。さらに、一般的なアイソレータは機能する信号の周波数に制限がありますが、今回開発したアイソレータは、原理的にはGHzオーダーの非常に広い周波数帯域で動作し、かつ従来のアイソレータと同等の性能を実現できる可能性があります。これらにより、量子コンピュータや多素子電波カメラの大規模化を飛躍的に発展させることが可能になると期待されます。
今回発案したアイソレータの構成。周波数ミキサを2個使用し、位相制御回路を用いて局部発振波の位相を調整することによって、信号が流れる方向の制御が可能となり、全体としてアイソレータの機能を有する。大きさの比較のために、写真下に100円玉を置いている。
増井翔特任研究員は、「今回の研究開発により、マイクロ波帯に新たな原理の回路部品を誕生させることができました。新しいアイソレータを使うことで拡張性の高い回路を提供できるため、電気工学的にもたいへん意義深いものです。」と語っています。
また、研究チームでは信号の増幅機能を併せ持つアイソレータの開発も視野に入れています。周波数ミキサは電波観測装置でも広く使われていますが、ここで使われているのは超伝導ミキサ(SISミキサ)であり、信号を増幅するはたらきを持っています(注)。今回の開発では周波数ミキサとして市販の半導体ミキサを用いていますが、その代わりにSISミキサを利用すれば、信号の増幅とアイソレータの機能を併せ持つ新たな装置が実現できることになります。
鵜澤佳徳 国立天文台技術主幹は、「電波観測装置と量子コンピュータには、共通する開発要素があります。電波や可視光・赤外線などの観測装置開発の知見を積んできた国立天文台では、先端技術センター内に社会実装プログラムを設置し、その中で量子コンピュータ適用プロジェクトチームを結成し技術開発を進めてきました。今回のまったく新しい原理によるアイソレータの開発は、その成果のひとつです。今後もふたつの分野にブレイクスルーをもたらす開発を進めていきたいと考えています」とコメントしています。
注:国立天文台先端技術センターでは、SISミキサを2個使った超低消費電力なマイクロ波増幅器の実証にも成功しています。詳しくは、2023年3月20日付のプレスリリース『冷却型としては超低消費電力なマイクロ波増幅器の実証に成功 ~電波望遠鏡の受信機から量子コンピュータへの応用に向けて』をご覧ください。
論文情報
この研究成果は、Sho Masui, Takafumi Kojima, Yoshinori Uzawa, and Toshikazu Onishi “A Novel Microwave Nonreciprocal Isolator based on Frequency Mixers”として、 IEEE Microwave and Wireless Technology Letters に2023年3月15日付で掲載されました。
この研究は、科学技術振興機構ムーンショット型研究開発事業「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」(Grant No. JPMJMS2067)、日本学術振興会科学研究費補助金(Grant Nos. JP18H03881, JP19H02205, and JP22H04955)の支援を受けて行われました。
関連リンク
国立天文台:超小型マイクロ波アイソレータを可能にする新原理の実証に世界で初めて成功 ―大規模量子コンピュータや多素子電波カメラへの応用に期待―